東京地方裁判所 昭和27年(行)129号 判決
原告 金子幹雄
被告 国
一、主 文
原告の請求を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「昭和十年七月十八日に為された原告の日本国籍離脱の届出及び昭和十七年六月三十日原告に対してなされた日本国籍回復許可が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、
「原告は大正七年二十五日アメリカ合衆国カリフオルニア州ロス・アンジエルス市に於て、日本人金子惣一郎・同トミの間に出生し、日米二重国籍を取得した。昭和十年七月十八日原告名義で原告の日本国籍離脱の届出が、当時の原告の法定代理人であつた原告の父惣一郎の承諾の下になされ、右によつて原告は国籍を喪失したことになつて居たので、原告は昭和十七年二月十九日当時の内務大臣に対し日本国籍回復許可を申請した処同年六月三十日その許可があつた。然し右国籍離脱の届出は原告の父惣一郎が、原告に無断で、原告名義を冒用してなし、法定代理人としての同意書を添附したものであつて、全く原告の意思に基かざるものである。従つて、右届出は無効であり原告は右届出によつて日本国籍を喪失しなかつたものである。然して右国籍回復許可は原告が日本国籍を有せざることを前提とするものであるが、原告は右離脱の届出によつては日本国籍を喪失しなかつたのであるから、右回復許可はすでに日本国籍を有する者に対してなされたことになり、当然無効である。よつて右離脱の届出及び回復許可の無効なることの確認を求める。」と述べた。(証拠省略)
被告指定代理人は請求棄却の判決を求め、
「原告の主張事実中、原告が大正七年七月二十五日アメリカ合衆国カリフオルニア州ロス・アンジエルス市に於て日本人金子惣一郎・同トミの間に出生し日米二重国籍を取得したこと、昭和十年七月十八日原告名義の日本国籍離脱の届出がなされ昭和十七年二月十九日原告が当時の内務大臣に対し、その日本国籍回復許可申請をなし、同年六月三十日その許可があり、原告が国籍を有するに至つたことはいづれも認めるが、その余の事実は争う。」と述べた。(証拠省略)
二、理 由
先づ日本国籍離脱の届出の無効と言うことについて考える。本件日本国籍の離脱とは、所定の要件を具備する日本国籍を有する者が、国籍法所定の届出という意思表示をなすことによつて当然日本国籍を喪失することである。既に上述の如く本件日本国籍離脱の届出が、日本国籍を有すると言う法律関係の存在から、その不存在へと変動すると言う、法律関係の変動の発生要件事実にすぎない以上、民事訴訟法第二百二十五条の例外の場合を除き、民事訴訟法に於ける確認の訴の対象たり得るものは現在に於ける権利・義務若しくは法律関係の存否に限られるのであるから、本件日本国籍離脱届出の無効と言うことが確認訴訟の対象たるに適しないことは明白である。原告が本訴の請求原因として主張する処を見ると原告は右日本国籍離脱の届出によつて日本国籍を喪失しなかつたと言うにあるので、原告が右離脱届出の無効と言うことの真意は、意思表示の無効と言うことではなく、その届出によつては日本国籍を喪失しなかつたものであると言うにあるものと思はれる。(前述の如く意思表示の無効確認を求めるものであるならば、本訴中この部分は訴の却下を免れないであろう。)
次に本件日本国籍回復許可の無効と言うことについて考える。本件日本国籍回復許可とは、一定の要件を具備する者が国籍法所定の申請をなした場合に、その申請者に対して日本国籍を取得せしめる一個の行政処分である。行政処分とは、その対象となつた者に対して権利を与え、義務を課し、その他何等かの法律効果を生ぜしめる行為である。行政処分が行為である以上行政処分そのものの無効と言うことは、確認訴訟の対象となり得ない筈である。従つて行政処分無効確認と言うことは、当該行政処分によつて生ずべき一切の権利・義務若しくは法律関係の不存在と言うことと解して始めて確認訴訟の対象となり得るものである。従来単に行政処分無効確認と称して来たのは、便宜的表現にすぎないのであつて、その内容とする処は右の如き権利・義務若くは法律関係の不存在確認なのである。そこで本件に立返つて考えると、本件日本国籍回復許可が前述の如きものである以上その無効と言うことは、その回復許可によつて生ずべき、日本国籍を有すると言う法律関係の不存在を意味することになる筈である。然るに原告が本訴請求の原因として主張する処は、原告は日本人間に出生したことによつて日本国籍を取得したものであり、右日本国籍離脱の届出によつては日本国籍を喪失せず、従つて日本国籍を有する者に対してなされた右日本国籍回復許可は無効である。と言うのであつて、原告が日本国籍を有するものであることはその前提となつて居る。従つて原告が本件日本国籍回復許可の無効ということは、日本国籍を有すると言う法律関係の不存在を意味するものではなく、(若しそうでないとするならば、原告のこの点の請求は、それ自体理由なきものとして棄却されることになる。)原告は本件日本国籍回復許可によつて日本国籍を取得しなかつと言うことを意味するものと見る外ない。
原告の請求の趣旨「本件日本国籍離脱の届出並に日本国籍回復許可が何れも無効であることを確認する」を、以上の通りに解すると、その前段は、原告は日本国籍を喪失しなかつたと言うことになり、その後段は、原告は日本国籍を取得しなかつたと言うことになるので、その間に矛盾を来たすに至る。原告が本訴の請求の原因として主張する処から右の矛盾を解けば、原告の右請求の趣旨の意味する処は、原告は日本人の間に出生したことによつて取得した日本国籍を有するのであつて、その間右日本国籍離脱の届出によつて日本国籍を喪失したことはなく、又右日本国籍回復許可によつて日本国籍を取得したこともない、と言うにあるものと認められる。その中右日本国籍離脱の届出によつて日本国籍を喪失しなかつたと言うことは右届出のなされた過去の一時点に於て、日本国籍を有すると言う法律関係の存在からその不存在へと変動すると言う、法律関係変動と言う事実(法律関係の変動と言うこと自体は、法律関係そのものから区別された事実にすぎないことは明らかであろう)は不存在であつたと言うにすぎず、右日本国籍回復許可によつて日本国籍を取得しなかつたと云うことも、同様に右日本国籍回復許可のなされた過去の一時点に於ける、日本国籍を有すると言う法律関係の発生という事実は不存在であつたと言うことにあるから、右はいづれも確認の訴の対象とはなり得ないこと明白であつて、原告が右の如き過去の事実の確認を求めるものと見ることはできない。
然りとすれば残る処は、原告は日本人間に出生したことによつて日本国籍を取得したものであると言う点だけになる。従つて問題は原告が、日本人の間に出生したことに因ると言う限定附の日本国籍を有することの確認を求めるにあるか、将又単に原告が日本国籍を有することの確認を求めるにあるかと言うことである。
そこで先づ前者について考えると、出生に因ると言うことが日本国籍を有すると言う法律関係の内容になるか否かが問題になる。出生によると言うことがその内容になるとすれば、日本国国籍を有すると言う法律関係はその取得原因の如何により別種のものになることになり、出生に因る日本国籍を有する者に対してなされた日本国籍回復許可が当然に無効であると言う原告の主張とも矛盾することになるし、又日本国籍の取得原因如何により日本国民に差別を設ける法令等の規定があるとすれば、その規定は憲法第十四条第一項に違反するものと言はなければならない。これを要するに日本国籍を有すると言う法律関係は、日本法上内容の一定された権利・義務を有すると言う、日本国に対する綜括的地位に立つことであつて、その取得原因如何は、その法律関係の内容とならぬ過去の事実であるにすぎないものと言うべきである。従つて出生に因る日本国籍を有することの確認は、過去の事実の確認を含むものとして、確認訴訟の対象となり得ないものである。然る以上原告の真意が出生に因る日本国籍を有するものであることの確認を求めるにあるとすればその訴は不適法として却下を免れないこととなる訳であるが、前示後者(原告が日本国籍を有することの確認を求める)の様に解すれば、それは現在に於ける法律関係の存在の確認を求めるものであることが明白であるから、原告の真意は右後者にあるものと解するのを相当とするであろう。
よつて原告の本訴請求は原告が日本国籍を有することの確認を求める趣旨であるとして考える。右請求が確認の訴の対象となりうるものであることは明らかであるが、被告は原告が現在に於て日本国籍を有すること自体は何等争つて居ない。尤も原告の有する日本国籍の取得原因については、原告はこれを出生とし、被告はこれを本件日本国籍回復許可とし、当事者間に争があるのであるが、前説示の如く、取得原因の不明確は、原告が現に日本国籍を有すると言う現在の法律関係については何等の不安定をも招来するものではないから原告は右確認を求めるにつき即時確定の利益あるものと言うことはできない。
よつて原告の本訴請求は即時確定の利益なきものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して原告の負担として主文の通り判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 北村良一 山田尚)